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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)1357号 判決

控訴人 第一三五七号事件控訴人・(第一審被告) 松本トミヲ ほか八名

第一三九六号事件控訴人・(第一審被告) 竹中久子 ほか四名

第一三六九号事件控訴人・(第一審被告) 国

代理人 高須要子 堀井善吉 中嶋康雄 ほか四名

被控訴人 亜細亜工業株式会社

主文

一  原判決を取り消す。

二  一審原告の請求(一審被告国に対する予備的請求を含む)をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて一審原告の負担とする。

事実

第一申立

一  一審被告国

1  原判決中一審被告国敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

二  その余の一審被告ら

1  原判決中右一審被告ら関係部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

三  一審原告

1  一審被告らの本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は一審被告らの負担とする。

第二主張

一  一審原告の請求原因は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実(四枚目裏八行目冒頭から七枚目表一二行目まで)摘示のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決五枚目裏二行目の「同日」を「昭和二三年二月一二日」に、三行目の「対して」を「対し売渡通知書(売渡の時期を同二二年一二月二日と記載)を交付して」に、七行目の「更に」を「次いで」にそれぞれ訂正し、同六枚目表五行目の「相続し」の次に「、更に、昭和五六年九月一七日被告竹中ユキエが死亡し、子である被告竹中信之介、同竹中清、同末吉郁子、同吉村真左子が相続によつてその権利義務を承継し」を加え、六行目の「ユキエ」を「久子」に、「六名」を「五名」にそれぞれ訂正する。

2  同六枚目裏一一行目の「六名」を「五名」に訂正し、七枚目表五行目の「ことになる」の次に以下のとおり加える。

「が、右損害の発生については、被告国の担当公務員に次のような過失があつたので、同被告は原告に対し、国家賠償法一条一項によりこれを賠償すべき責任を負うものである。すなわち、

本件買収当時、農業を本業としていない被告トミヲが本件土地の一部約一〇〇坪程度しか耕作しておらず、本件土地全部の小作人でないことは一見して明らかな状況にあつたことは前記のとおりであり、また、右買収計画の樹立直前に本件土地に仮処分が執行されて公示板が立てられ、これに被告トミヲや原告が当事者として表示されていたものであつて、本件土地が係争物件であることは何びとの目にも明らかであつたのであるから、所轄農地委員会としては、本件土地の利用関係について調査の上、被告トミヲが本件土地全部の小作人でないことを確認し、同被告に対してこれを売り渡さないようにすべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然と同被告が本件土地全部を耕作している小作人であると認めて本件土地の買収・売渡処分をした点において過失がある。

さらに、本件買収処分当時、本件土地の北側には建物が密集し、西側にも原告の経営するゴム工場を始めとして建物が建ち並んでいた。また、南側には空地もあつたがそれに続いて住宅があり、東側にも職業安定所の建物や住宅が並んでいた。のみならず、周辺地域にも多くの建物が建ち、建物が密集する中に農地や空地が点在している状況で、近鉄永和駅からの距離も近く、交通至便であつたのであるから、近い将来住宅地または商工業地に転化することが必至であることは容易に認識することが可能であった。そうすると、所轄農地委員会としては、自創法五条五号所定の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当するものとして、本件土地を買収除外地と認定すべきであり、かつ、容易にそれをなしえたのにかかわらず、これに該当しないものとして買収したのであるから、その点においても過失があるというべきである。」

二  請求原因に対する一審被告らの認否

1  請求原因1の事実のうち、本件土地が従前竹中信太良の所有であったこと、本件土地の地目がかつて田であつたところ、同土地について昭和三七年五月二四日農地法四条による知事の転用認可があり、登記簿上も宅地に地目変更されたこと、本件土地の買収計画に対する訴願棄却裁決を取り消す判決が確定したことはいずれも認めるが、その余は否認する。

昭和二二年七月当時、本件土地は、直ちに所有権移転登記も引渡しもできない状態にあつたものであるが、そのような物件を一審原告が一三万円もの大金を投じて買い受けるはずがない。仮に一審原告が竹中信太良となんらかの契約を結んだ事実があつたとしても、それは売買の予約にすぎず、たとえ条件付きにせよ売買契約ではなかつたというべきである。

2  同2ないし5(但し、一審被告国は4・5の事実を除く)の事実及び一審被告らが一審原告の本件土地に対する所有権を争つていることは認める。

(一審被告国)

3  同7の事実は否認する。一審被告トミヲは、本件買収処分当時本件土地全部を占有耕作していたものであり、そのことは、本件買収計画の樹立直前に一審被告トミヲが一審原告および竹中信太良を相手方として本件土地について執行官保管の仮処分を執行し、かつ、同仮処分によつて耕作のため本件土地へ立ち入ることが許容されてその旨の公示板が立てられていたことから、外見上も明らかであつたのであるから、所轄農地委員会が本件土地の買受申込をした一審被告トミヲを同土地の小作人と認めて売渡処分をしたのは無理からぬことである。のみならず、右買収・売渡処分は、占領軍の政策であるいわゆる農地解放の一環としてなされたものであり、短時日の間に、しかも占領軍の圧力の下に強行されたものであつて、このような時代的背景を考慮するならば、一審被告に右の点について過失があつたとはとうていいえない。

さらに、当時は激しいインフレ、食糧難等の経済的混乱期であつて、一般に農地を宅地に転用する兆候など全くなかつた時代であつたばかりでなく、本件土地の周辺は北側に建物が建てられていた程度で他はほとんど農地か空地であり、その中に建物が点在するような状態であつたのであるから、所轄農地委員会が本件土地を「近く土地利用の目的を変更することを相当とする農地」に該当しないものと判断したことにもなんら過失はないというべきである。

のみならず、仮に一審被告国に過失があるとしても、一審原告が本件土地の所有権を喪失したのは一審被告トミヲによる時効取得の結果であつて、本件買収・売渡処分の結果ではないから、右過失と一審原告の損害との間には因果関係はない。一審原告は、一審被告トミヲが本件土地を占有していることを知りながら、同被告に対し買収・売渡処分の取消を条件とする原状回復の訴え等を提起することによつて右時効を中断する措置をとらず、そのため所有権を失う結果となつたものであるから、それによる損害の賠償を一審被告国に求めることはできない。

三  抗弁

(農地売買)

1 仮に本件売買契約が締結された事実があつたとしても、昭和二二年七月一五日当時、本件土地は水稲や野菜を栽培し、耕作の用に供されていたものであるから、当時施行の農地調整法上の農地に該当していたところ、右契約については同法五条所定の地方長官の許可または市町村農地委員会の承認を受けていないので、無効というべきである。

(取得時効)

2(一) 一審被告トミヲは、前記のとおり、昭和二三年二月一二日自創法一六条に基づき売渡通知書の交付を受けて本件土地の売渡処分を受け、以後所有の意思をもつて右土地を占有してきたものであるが、政府の売渡処分によつて占有を取得したのであるから、その占有の始めにおいて有効に所有権を取得したものと信じたのは無理からぬことであり、善意であることについて過失はなかつたといわなければならない。

(二) そうすると、一審被告トミヲは、右占有の開始時である昭和二三年二月一二日(遅くとも買収の対価を支払つた昭和二四年一月一〇日または所有権移転登記を経由した同二五年六月二一日)から一〇年を経過した昭和三三年二月一二日(遅くとも同三四年一月一〇日または三五年六月二一日)、時効によつて所有権を取得するにいたつたので、本訴において時効を援用する。

(三) 仮に占有の始めに善意であることについて過失がなかつたとはいえないとしても、右占有の開始時より二〇年を経過した昭和四三年二月一二日(遅くとも同四四年一月一〇日または四五年六月二一日)、時効によつて所有権を取得したので、本訴において時効を援用する。

(一審被告国・損害賠償請求権の除斥)

3 仮に本件買収・売渡処分が一審原告の所有権を喪失させる違法行為であるとしても、それによつて生じた損害賠償請求権は、行為の時より二〇年を経過した昭和四三年二月一二日、民法七二四条後段の規定によつて消滅するにいたつたのである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、本件契約について地方長官または市町村農地委員会の承認を受けていないことは認めるが、本件土地が本件契約当時耕作の用に供されていた農地であつたとの点は否認する。当時本件土地の西側三分の一は壁土等で埋め立てられて宅地化し、その他の部分も、近隣の人達が勝手に米や野菜類を雑然と栽培し、家庭菜園のごとき様相を呈していただけのことであるから、これが農地調整法上の農地に該当するものであつたとはとうていいえない。

2  抗弁2(一)の事実は否認する。一審被告トミヲが自創法に基づく売渡処分によつて占有を開始したのは本件土地のうち東側約一〇〇坪の部分のみであつて、同被告が本件土地全部について自主占有を開始したのは所有権移転登記を経由した昭和二五年六月二一日以降のことである。また、昭和二三年二月当時は、一審被告トミヲの一審原告らに対する本件土地の賃借権確認請求訴訟が未だ係属中であつたのであるから、同被告が所有の意思をもつて本件土地の占有を開始したということもありえない。さらに、一審被告トミヲは、もともと旅館経営が本業であつて農家ではなく、ただ本件土地の東側一部約一〇〇坪ほどに勝手に稲を植えていただけであつたのに、あたかも本件土地(七五四坪)全部を耕作している小作人であるかのごとく偽つて買受の申込みをし、その売渡しを受けたものであるから、右売渡処分がいずれ無効になることを知つていたか、仮に知らなかつたとしても、容易に知りうる状況にあつたものである。したがつて、同被告は、悪意の占有者であるか、仮に善意であつたとしても無過失ではなかつたというべきである。

3  同3の主張のうち、本件売渡処分の時から民法七二四条後段の期間の進行が開始するとの点は争う。その期間の進行が開始するのは、処分を違法とする判決が確定した昭和五三年二月一五日からである。売渡処分の時からとすると、損害賠償請求権が発生する前にその行使の期間が経過してしまうことになつてきわめて不合理である。

五  再抗弁

(自然中断)

1 一審被告トミヲは、昭和三〇年頃から同三七年頃までの間、本件土地の耕作を休止し、周囲に囲いを設けることもしないままこれが荒れるに任せ、他人がごみを捨てたり資材を置いたりしても放置してきたものであつて、任意にその占有を中止したものであるから、これによつて時効は中断されたというべきである。

(法定中断-長期取得時効の抗弁に対し)

2 一審原告は、昭和三七年八月二七日一審被告トミヲに対し、本件土地上の建物の収去と土地の明渡しを求める訴えを提起した(布施簡易裁判所昭和三七年(ハ)第一四二号事件、のち移送により大阪地方裁判所昭和四七年(ワ)第二八九九号事件)ので、これによつて右時効は中断されたものである。もつとも、右の訴えは、当時本件買収処分が未だ取り消されていなかつたため、本件土地の占有権に基づいて提起されたものであつて、所有権に基づくものではないが、その請求原因において本件土地を前所有者竹中信太良から買い受けてその引渡しを受けたものである旨主張し、断固たる権利主張をしているのであるから、右訴えの提起も「裁判上の請求」として時効中断の効力を生ずるものである。

3 右訴訟は結局、昭和五二年九月二〇日最高裁判所の上告棄却判決によつて一審原告の敗訴に確定するにいたつたが、仮にそのために「裁判上の請求」としての効力が失われることになつたとしても、いわゆる「裁判上の催告」としての効力は認められるべきものである。すなわち、右明渡請求訴訟の提起により催告がなされ、その催告は同訴訟の係属中は継続してなされていたものとみられるところ、催告の継続中である昭和四五年八月一九日に本件訴訟を提起したのであるから、これによつて確定的に時効は中断されたものである。

(時効援用権の濫用)

4 一審被告トミヲは、前記のとおり本件土地の東側部分約一〇〇坪ほどを勝手に耕作していただけであるのに、あたかも本件土地全部を耕作している小作人であるかのごとく偽つて本件土地の売渡を受け、その占有を取得したものであり、また、本件買収処分の取消訴訟に補助参加するなどして自己の権利を保全することなく、本訴においていきなり取得時効を主張しているものであつて、これらの事情からすれば、同被告の本件における時効の援用は信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。

(除斥期間の主張の信義則違反)

5 一審被告国は、自己の違法な行政処分によつて一審原告に損害を被らせておきながら、その行政処分の取消訴訟が自己の準備不足によつて遅延している間に除斥期間が経過したとして、右損害の賠償責任が消滅したなどと主張するのは著しく公平に反し、信義則に違背するものであるから、このような主張はとうてい許されない。

六  再抗弁に対する被告らの認否

1  再抗弁1の事実は否認する。一審被告トミヲは、本件土地の売渡しを受けて以来同土地において稲作、野菜の栽培を続け、継続してこれを占有してきたものであつて、任意に占有を中止したことなど全くない。仮に昭和三四年頃から三七年頃まで耕作していない時期があつたとしても、単に一時的にこれを遊休化していただけであつて、一審被告トミヲが本件土地に対する事実的支配を放棄したことは一度もない。このことは、同被告が本件土地のすぐ前に自宅を構えて居住し、みだりに他人が侵入することのないよう常に監視しうる状況にあつたこと、本件土地の周囲に棒杭、鉄線、コンクリート壁で囲いを設けていたこと、本件土地に対する公租公課の支払いを続けていたことなどからも明らかである。

2  同2の事実は認めるが、その訴えは一審原告主張のとおり占有権に基づいて明渡しを求めるものであるから、取得時効の中断事由たる「請求」に当たらない。前主竹中からの買受けの事実も単に経過事情として述べたものにすぎない。のみならず、右訴訟は、結局一審原告の敗訴に確定しているのであるから、これが「請求」として効力を有しないことは明らかである。

3  同3の事実のうち、一審原告主張の訴訟が一審原告の敗訴に確定したことは認めるが、右訴訟が「催告」に当たらないことはいうまでもない。

4  同4の事実のうち、一審被告トミヲが本件買収処分取消訴訟に補助参加しなかつたことは認めるが、その余は否認する。一審被告トミヲの時効の援用を信義則に反するものとし、権利の濫用たらしめるような事情はなんら存在しない。

5  同5の事実は否認する。

第三証拠<略>

理由

第一一審原告の一審被告らに対する所有権確認・登記・土地明渡各請求について

一  本件土地につき一審原告主張のような売買契約が締結された事実があるかどうかの点はしばらく措き、まず、一審被告ら主張の取得時効の抗弁から判断することとする。

本件土地につき、当時の布施市意岐部地区農地委員会が昭和二二年九月二四日自創法三条一項所定の小作地であるとして買収計画を樹立し、これに基づいて大阪府知事が買収処分をした上、同二三年二月一二日同法一六条に基づき一審被告トミヲに対し売渡通知書(売渡の時期を昭和二二年一二月二日と記載)を交付して右土地の売渡処分をしたことは当事者間に争いのないところ、一審被告らは、同被告は右売渡処分に基づいて本件土地全部の自主占有を開始したと主張し、一審原告はこれを争うので、まずこの点について検討するに、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

1  一審被告トミヲは、昭和一五年三月頃本件土地と道路を隔てた北側にある旅館の建物を買い取り、その敷地を所有者である竹中信太良から賃借して家族とともに移り住んで旅館業を始めたが、以前母と一緒に農業に従事していた経験があつたところから、昭和一六年頃から信太良の了解を得て本件土地(約七五四坪)を、とくにその範囲を限定することなく水田及び畑として耕作するようになつた。

2  その後、本件土地の西側部分約三五〇坪は昭和一七年頃に埋め立てられたが、同一九年頃からは、一審被告トミヲとともに右旅館に同居していた同被告の家族のほか付近に住む数世帯の住民が、当時の劣悪な食糧事情解消のため、特に信太良の了解を得ることもなく思い思いに、いわば家庭菜園的に同部分でも野菜類を雑然と栽培するようになつた。

3  ところが、昭和二二年九月五日頃、一審原告が竹中信太良から本件土地を買い受けたといつて同土地の北側及び西側の道路との境界部分全体に板塀を立て、一審被告トミヲらの本件土地への立入りを妨げる挙に出たので、同月一二日同被告から一審原告及び竹中信太良に対し本件土地の執行官保管の仮処分を申請し、翌日これが執行されたが、当時同土地の東側部分約二五〇坪(本件土地の約三分の一)には稲が植えられ、その他の部分にはさつまいもやなす等が栽培されていて右土地のほぼ全体が耕作の用に供されていた。このうち、右約二五〇坪の部分は一審被告トミヲが耕作していたものであるが、その他の部分のうちどの範囲を同被告自身が耕作していたかは明確でない。

4  右仮処分においては、執行官保管とされた本件土地への一審原告及び竹中信太良の立入りが禁止されるとともに、一審被告トミヲが耕作のためこれに立ち入ることは許されていたので、同被告はその後も本件土地での耕作を継続していたところ、前記のとおり、その直後である昭和二二年九月二四日に右土地の買収計画が樹立され、翌二三年二月一二日に同被告に本件土地の売渡通知書が交付されて自創法による売渡処分がなされるにいたつた。

5  右売渡処分により、一審被告トミヲは本件土地全部の所有権を取得することとなつたところ、その後もなお当分の間は、付近住民がその西側部分を耕作するのを黙認し、無償でこれを使用させていたが、遅くとも本件土地の所有権移転登記を経由した昭和二五年六月二一日頃までには付近住民からその耕作部分の返還を受け、みずから野菜類を栽培するようになつた。

以上の認定事実によれば、一審被告トミヲは、本件土地のうち自己の耕作部分を竹中信太良から無償で借り受けて他主占有していたところ、昭和二三年二月一二日以降は右部分を新権原である売渡処分に基づいて自主占有するようになり、また、自己の耕作部分以外の付近住民の耕作部分についても、みずから直接占有はしないものの、右住民を占有代理人としてこれを間接占有するようになつたものであり、したがつて、本件売渡処分に基づいて本件土地全部の自主占有を開始するにいたつたものと認めるのが相当である。

二  そこで次に、右占有の始めに一審被告トミヲが善意無過失であつたかどうかについて検討するに、同被告が自創法に基づく売渡処分によつて本件土地の自主占有を開始したことは右のとおりであるところ、行政処分によつて政府から売渡を受けた以上、それによつて自己が所有者になつたと信じるのは当然のことであつて、その売渡処分に無効・取消事由たる瑕疵がないことまで確認しなければ所有者と信じるにつき過失があるというのは、よほどの特別の事情のない限り、法律知識のない一般人にとつてはきわめて酷であるといわなければならない(最高裁判所昭和四一年九月三〇日第二小法廷判決、民集二〇巻七号一五三二頁参照)。しかるに本件においては、なんら特別の事情は認められず、また、一審被告トミヲに特に法律知識があつたとも認められないのであるから、同被告には、右売渡処分によつて本件土地の所有者になつたと信じるにつきなんら過失はなかつたものと認めるのが相当である。

もつとも、右買収・売渡処分がその後判決によつて取り消され、その取消判決が確定したことは当事者間に争いのないところ、<証拠略>によれば、右取消事由の一つは、一審被告トミヲが本件土地の東側部分約一〇〇坪を水田等にして耕作していたにすぎないのに、同土地全体を小作地として買収計画を樹立した点の瑕疵にあるとされていたことが認められるのであつて、この点をとらえて一審原告は、一審被告トミヲは右のように約一〇〇坪しか耕作していなかつたのにあたかも本件土地全体を耕作しているかのごとく偽つて買受の申込みをし、売渡を受けたものであるから、悪意の占有者であるか、または、善意であることについて過失があるかのいずれかであると主張する。

しかし、一審被告トミヲが右買収計画樹立当時本件土地のうち少なくとも約二五〇坪を耕作していたことは前記認定のとおりであるばかりでなく、同被告が一筆の土地である本件土地の買受申込をしたことは前記のとおりであるものの、ことさらに本件土地全体を耕作している旨偽つて右買受申込をしたものであることを窺わせるような証拠はなんら存在せず、しかもその他に、法律知識が特にあるとも認められない同被告が本件買収・売渡処分に右取消事由たる瑕疵が存在することを知り、またはこれを容易に知りえたような事情を認めるに足りる証拠は見当たらないから、一審原告の右主張はこれを採用するに由ないというべきである。

三  よつて、さらに進んで一審原告の再抗弁1(自然中断)について判断するに、一審被告トミヲが昭和三〇年頃から同三七年頃まで本件土地の占有を任意に中止したことを認めるに足りる証拠はなんら存在しない。

もつとも、<証拠略>によれば、次の事実を認めることができる。

1  一審被告トミヲは、本件土地の北側、道路一つ隔てた位置にある自宅に居住したまま、昭和三四、五年頃まで本件土地全体を耕作して稲や野菜類を栽培していたところ、ようやくその頃になつて食糧事情が好転してきたことや、右土地の周辺の状況からこれを農地として維持していくことが困難となつたことなどから、その頃、これを農地以外のものに転用しようと考えるようになつた。

2  そこで、その頃からとりあえず耕作を取りやめ、跡地の利用方法が決まるまでの間、しばらくこれをそのままの状態にしておいたが、その間も一審被告トミヲは従前どおり本件土地のすぐ北側にある自宅に居住し、同土地に対する公租公課の支払いを怠るようなこともなかつた。

3  そのうち、同三七年頃になつてこれを宅地として利用する意向が固まつたので、同年五月二四日本件土地について農地法四条による宅地転用の許可を受けた上、同年七月頃にはこれを埋め立てて整地し、建物の建築工事を開始した。

以上の事実であるが、右2の事実は、いうまでもなく任意の占有中止に当たるものではなく、また、一〇年の時効期間経過後の事情でもあるから、これが自然中断事由に当たらないことは明らかであり、しかも他に、一審被告トミヲが本件土地の占有を任意に中止したことを窺わせるような事情は全く認められないので、一審原告の再抗弁1は採用することができない。

四  さらに、再抗弁4(時効援用権の濫用)について考えるに、一審被告トミヲが本件土地の東側部分一〇〇坪ほどを耕作していたにすぎないのにことさらに本件土地全部を耕作している旨偽つて本件土地の買受の申込をしたものと認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであり、また、一審原告主張のその他の事実は一審被告トミヲによる時効の援用を権利の濫用たらしめる事情とは認めがたく、その他に右時効の援用を権利濫用たらしめるような事情はなんら存在しないから、一審原告の右再抗弁もまた採用の限りではない。

五  以上のとおりであるとすると、一審被告トミヲは、本件土地の自主占有を開始した昭和二三年二月一二日から一〇年を経過した同三三年二月一二日、時効によつて右土地の所有権を取得するにいたつたものといわなければならず、当時右土地が未だ農地でありこれについて農地法三条所定の知事等の許可がないからといつて、右所有権取得の効果を否定することはできない(最高裁判所昭和五〇年九月二五日第一小法廷判決、民集二九巻八号一三二〇頁参照)。

そうすると、かりに一審原告主張の売買契約が成立し、その後本件土地の現況が宅地となつた事実があつたとしても、その宅地化以前に一審被告トミヲが時効によつてその所有権を取得したことになり、また、同被告が昭和二五年六月二一日右土地につき所有権移転登記を経由したことは前記のとおりであるから(右登記は前記売渡処分を原因とするものであるけれども、現在の権利関係に符合するものである以上、その登記原因が事実と異なつていても有効な登記として対抗力を生ずることはいうまでもない)、一審原告は、対抗関係において劣後するため、一審被告トミヲの右時効取得によつて本件土地の所有権または条件付の所有権を確定的に失うにいたつたものというべきであり、したがつて、一審原告が現に右所有権を有することを前提とする本件所有権確認請求、登記の抹消登記手続請求及び土地明渡請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、また、右売買契約に基づく一審被告竹中久子ら五名に対する所有権移転登記手続の履行請求も、一審被告トミヲによる所有権の確定的時効取得により登記義務が履行不能となつて消滅したものと解するよりほかない以上、同様に失当といわなければならない。

第二一審被告国に対する損害賠償請求について

一  被告トミヲが昭和三三年二月一二日時効によつて本件土地の所有権を確定的に取得したことは前記のとおりであるから、仮に一審原告主張のような売買契約が成立していたとすれば、一審原告は右土地の所有権または条件付の所有権を失うことにより損害を被る結果となり、しかも一審被告トミヲの右時効取得は、一審被告国が瑕疵ある買収・売渡処分を行つて同被告に本件土地を引き渡したことによるものであるから、右処分と損害との間には相当因果関係があるものというべきである(最高裁判所昭和五〇年三月二八日第三小法廷判決、民集二九巻三号二五一頁参照)。

二  そこで以下、右瑕疵ある買収・売渡処分をなすについて、一審被告国の担当公務員に過失があつたかどうかの点について検討する。

本件土地の買収・売渡処分がその後判決によつて取り消され、その取消判決が確定したこと、右取消事由の一つが、一審被告トミヲが本件土地の東側部分約一〇〇坪を水田等にして耕作していたにすぎないのに、同土地全体を小作地として買収計画を樹立した瑕疵(以下、「第一瑕疵」という)であつたことは前記のとおりであり、<証拠略>によれば、いま一つの取消事由は、本件土地が近鉄永和駅の北西二、三丁の所に位置し、本件買収計画樹立当時その北方及び西方は道路を隔てて人家が連なり、南方及び東方も一部空地があつて家庭菜園等に利用されていたほかは、食糧公団、職業安定所、市場等の諸施設や、工場、民家等が建ち並んでいた等の本件土地の立地条件や周辺状況に照らし、近い将来住宅地または商工業地に転化される状態にあつたものとして、自創法五条五号の買収除外地に該当していたとされる点(以下、「第二瑕疵」という)であつたことが認められる。

そこでまず、第一瑕疵について考えるに、本件土地について買収計画が樹立され、一審被告トミヲに売渡処分がなされた当時、本件土地の東側部分約二五〇坪(本件土地の約三分の一)に稲が植えられ、その他の部分にはさつまいもやなす等が栽培されていて右土地のほぼ全体が耕作の用に供されていたこと、右約二五〇坪の部分は一審被告トミヲが耕作していたが、その他の部分のうちどの範囲を同被告自身が耕作していたかは明確でないこと、右買収計画樹立の直前に一審被告トミヲから一審原告及び竹中信太良に対する本件土地への立入禁止、執行官保管等の仮処分が執行されたが、一審被告トミヲが右土地へ耕作のため立ち入ることは許され、その旨を記載した公示板も現場に掲示されていたことはいずれも前記認定のとおりであつて、右のような事実関係を前提とするならば、所轄農地委員会において一審被告トミヲが本件土地全体を小作しているものと認定判断したとしても、無理からぬことといわざるをえないから、そのように認定判断したことになんら過失はないといわなければならない。

さらに、第二瑕疵の点について考えるに、自創法五条五号所定の買収除外地とされているのは「近く土地利用の目的を変更することを相当とする農地」であるが、それが相当性の判断を内容とするものであるだけに、特定の具体的農地がその要件を充たすかどうかの判断にはかなりの困難が伴い、一義的に決しえないことが多いものと予想されるので、買収計画等の取消しを求める行政訴訟において慎重審理の結果、右の要件を充たす買収除外地と認定されたからといつて、直ちにそのように認定判断しなかつた農地委員会に過失があつたものということはできないというべきであり、農地買収担当者として通常払うべき注意を払つておれば、その要件を充たす農地であることが容易に判定できたはずであるのにかかわらず、右要件を充たさないものと判断してこれを買収したような場合にはじめて、その判断に過失があつたものと認めるのが相当である。いま、これを本件についてみると、本件買収計画樹立当時、本件土地が近鉄永和駅の北西二、三丁の所に位置し、その北方及び西方は道路を隔てて人家が連なり、南方及び東方も一部空地があつて家庭菜園に利用されていたほかは、食糧公団、職業安定所、市場等の諸施設や工場、民家等が建ち並んでいたことは前記のとおりであるが、農地買収担当者として通常の注意を払つておれば、それだけの事実から、本件土地が近く住宅地または商業地として利用されることを相当とするものであることが容易に判定しえたはずであるとまでいうことは困難であるから、本件土地を自創法五条五号の買収除外地と認定しなかつた所轄農地委員会の判断に過失があつたものと認めることはできないというよりほかはない。

三  以上のとおりであるとすると、第一瑕疵及び第二瑕疵につき所轄農地委員会に過失があつたことを前提とする一審原告の一審被告国に対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

第三結論

以上の次第で、一審原告の一審被告らに対する本件土地の所有権確認請求、各登記請求及び土地明渡請求はいずれも失当であり、これを認容した原判決は不当であるから、民訴法三八六条によりこれを取り消し、右各請求及び一審原告の一審被告国に対する予備的請求(損害賠償請求)をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 栗山忍 藤原弘道 川勝隆之)

別紙物件目録<略>

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